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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1325号 判決 1984年6月27日

控訴人

岩野安成

外七名

右控訴人ら訴訟代理人

田中一誠

麦田浩一郎

若山正彦

被控訴人

市原市長

井原恒治

右訴訟代理人

堀家嘉郎

松崎勝

石津廣司

主文

本件控訴を棄却する

控訴人らの当審における申請を却下する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  申立

控訴人ら代理人は「(1) 原判決を取り消す。(2) 被控訴人は、学校法人帝京第一学園が千葉県市原市姉崎地区に設置を予定している仮称帝京大学医学部附属市原病院の用地造成費用及び付帯工事費用に充てるために、市原市の公金を支出してはならない。(3) 被控訴人は市原市が右病院を誘致するために取得した別紙物件目録記載の土地六四筆を同学校法人に無償譲渡してはならない(当審における申請)。(4) 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は主文第一、第二項と同旨の判決を求めた。

二  主張

次に付加するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四丁裏八行目の「自と」とあるのを「自ずと」と、同五丁裏九行目の「行われていており」とあるのを「行われており」と、同六丁表八、九行目及び一〇行目の「私学振興助成法」とあるのを「私立学校振興助成法」と、同八丁裏一行目の「因に」とあるのを「因みに」と、同九丁裏六行目の「債権者岩野安成外二名」とあるのを「控訴人岩野安成、同伊藤安兼、同小野可祝」と、同七行目の「債権者木村泰人外四名」とあるのを「その余の控訴人ら」と、同一三丁表二行目の「債務者が」とあるのを「市原市が」とそれぞれ改め、同一五丁表二行目冒頭から同丁表末行目末尾までの記載を削除する。)。

(控訴人ら)

1  被控訴人は、既に帝京大学附属病院の用地取得費用に充てるため本件公金を支出しており、市原市は別紙物件目録記載の土地六四筆(以下、本件土地という。)を取得済みである。そして、被控訴人は帝京大学附属病院の用地造成費用及び付帯工事費用に充てるため本件公金の支出を予定するとともに、本件土地を帝京大学に無償譲渡することを予定している。

2  控訴人らは、被控訴人が本件土地を帝京大学に無償譲渡するのを未然に防止するため、昭和五八年六月二〇日市原市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求をしたところ、同監査委員は同年八月一〇日付で控訴人らに対し、右監査請求は理由がない旨の監査結果を通知してきた。

3  本件土地の無償譲渡の差止を求める理由は、控訴人らの従前の主張と同様である。

4  よつて、控訴人らは被控訴人に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく本件公金の支出及び本件土地の無償譲渡の差止めを求める権利を被保全権利として、本件公金を支出してはならない旨及び本件土地を無償譲渡してはならない旨の仮処分を申請する。

(被控訴人)

右1ないし3の事実は認め、その法律的主張は争う。

三 証拠<省略>

理由

一控訴人らがいずれも市原市の住民であること、被控訴人は帝京大学が市原市姉崎地区に設置を予定している帝京大学附属病院の用地取得費用に充てるため本件公金を既に支出し、さらに同附属病院のための用地造成費用および付帯工事費用に充てるため本件公金の支出を予定していること、市原市は本件土地を取得済みであり、被控訴人はこれを帝京大学に無償譲渡することを予定していること、控訴人岩野安成、同伊藤安兼、同小野可祝は昭和五七年一月一四日、その余の控訴人らは同年二月九日それぞれ市原市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、被控訴人の本件公金の支出を防止するため住民監査請求をしたところ、右監査委員は同年三月一五日付で控訴人岩野安成、同伊藤安兼、同小野可祝に対し、また同年三月三〇日付でその余の控訴人らに対しそれぞれ右監査請求は理由がない旨の監査結果を通知したこと、控訴人らは昭和五八年六月二〇日同様に右監査委員に対し、被控訴人の本件土地の無償譲渡を防止するための住民監査請求をしたところ、右監査委員は同年八月一〇日付で控訴人らに対し右監査請求は理由がない旨の監査結果を通知したことは当事者間に争いがない。

二控訴人らは被控訴人に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく本件公金の支出及び本件土地の無償譲渡の差止め請求を本案とし、該請求権を被保全権利として本件仮処分を求める旨を申立てるので、まず地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止めの請求権を被保全権利として右執行機関又は職員に対し右差止めの仮処分を求めることが許されるか否かについて審案する。

地方自治法二四二条の二第一項一号の規定による訴訟については同条六項により行政事件訴訟法四三条三項の規定が適用されるところ、これによれば右訴訟には当事者訴訟に関する規定が準用されるが、当事者訴訟に関する規定である同法四一条によれば、当事者訴訟には執行停止の規定である同法二五条は準用されないこととなるとともに、右訴訟に関しては同法七条により、その性質に反しない限り、民事訴訟の例によると定められている。したがつて、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく訴訟に関しては民事訴訟の仮処分に関する法規も準用されると解する余地がないでもない。

しかしながら、地方自治法二四二条の二第一項一号の訴訟は、もともと個人的利益の保護を目的とするものではなく、しかも該訴訟において被告となるのは、地方公共団体の執行機関としての長又は職員であつて、地方公共団体自体又は長個人もしくは職員個人が被告となるわけではない。これら地方公共団体の執行機関たる長又は職員は本来は民事実体法上権利能力を有しないものであり、ただ地方自治法二四二条の二第一項一号によりその訴訟上被告となることが認められているにすぎないのであつて、これを離れて民事訴訟法上一般に権利能力を有するとされるものではないから、右の者を相手方として個人的利益の保護を目的とする民事訴訟法上の仮処分を求めうるとするのは相当でない。また地方自治法二四二条の二第一項ただし書によれば同項一号の請求においては、当該行為の事前の差止め自体を目的とするものではなく、その行為により地方公共団体に財産上回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限り訴えを提起できる旨規定しており、したがつてこの請求は実質上同項の他の各号の請求に対する保全訴訟たる性格を有するものと解される。そうすれば、このような性格を有する請求についてさらにその請求を本案とする保全訴訟を認めることは法の趣旨に合致しないといわなければならない。さらに、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求権は同条項の住民訴訟によつてのみ行使できる権利であり、本案判決の確定をまつてはじめて当該執行機関又は職員の違法行為を差止めるという形成的な法的効果が生じるわけであるが、その判決確定の以前に、確定判決があつたと同様の法的状態を生じさせるような仮処分を許すことは妥当でない。以上の諸点を総合考慮すると、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止めの請求権を被保全権利として右執行機関又は職員に対し当該行為の差止めの仮処分を求めることは許されないと解すべきである。

してみれば、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく請求権を被保全権利として、控訴人らの被控訴人に対し本件公金の支出及び本件土地の無償譲渡の差止めを求める本件仮処分申請は、いずれも不適法として却下を免れない。

三よつて、被控訴人に対し本件公金の支払の差止めを求める控訴人らの仮処分申請を却下した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、被控訴人に対し本件土地の無償譲渡の差止めを求める当審における控訴人らの仮処分申請を却下することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、九八条、九三条を適用して、主文のとおり判決する

(岡垣學 磯部喬 大塚一郎)

物件目録<省略>

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